地方創生の取り組み
セミナーレポート
事例紹介
「仕事があること」「人のつながりがあること」は、住む場所を選ぶうえで非常に大事なポイントです。日本では進学や就職、結婚などをきっかけに若者が地元を離れ、元気をなくしていってしまう地方自治体が少なくありません。
千葉県市原市も1996年以降、転出超過が続いており、特に20代〜30代の若者の転出が多いことが課題になっていました。
そこでオンラインを活用した自由な働き方ができる環境づくりを進めて地域の魅力を高め、若者の流出をおさえようと、ランサーズと協力して「新しい働き方講座」を開催しました。
コロナ禍の開催でしたが、互いに支え合ったことで受講生に強いつながりが生まれ、そこから「ICHIHARAISE(イチハライズ)」という地域コミュニティが誕生。受講生たちの“居場所”となるとともに、コミュニティとして仕事の受注も進んでいます。
市原市の取り組みの内容や今後の展開などについて、市原市役所地方創生部地方創生課地方創生係の平井係長、大川主事に伺いました。
――2021年度に初めて「新しい働き方セミナー」を開催されました。開催に至った経緯を教えてください。
平井:本市では進学や結婚といったタイミングで若者、特に女性が市外に引っ越してしまう傾向がありました。また臨海部にたくさんの工場が隣接しているのですが、ここで働いているのは男性が中心です。転出者を減らすために、市内に女性の就業機会をつくる必要があると思っていました。
解決策の一つとして考えたのが、クラウドソーシングの活用です。
場所を選ばず自分のペースで働けるようになれば、市内に住み続ける人が増える可能性があります。また自由な働き方ができる環境が整っていることが知られれば、移住者の増加も期待できます。そこでランサーズさんの協力のもと「新しい働き方セミナー」を開催することにしたのです。
――「新しい働き方セミナー」の存在は、どこで知りましたか。
平井:部署でさまざまな企業とヒアリングをする中で、同じ千葉県内にある南房総市がランサーズさんと同様の取り組みをしていたことを知りました。
一般的にこういった研修や講座は座学だけだったり、実施期間が終わると取り組みが途切れてしまったりすることが多いと思います。ですが新しい働き方講座は内容が実践的であり、かつコミュニティ形成や地域ディレクターの養成まで考えて設計されていて非常に魅力的だと感じました。そこで本市でも実施しようと動き始めました。
ただ当時は市内でも「クラウドソーシング」という言葉を知らない職員が多く、私たちも手探り状態でした。
(「新しい働き方講座」の様子)
――2021年度、2022年度のセミナー・講座の概要と参加者数を教えてください。
大川:市原市の新しい働き方セミナー・講座は、講座前に行う「きっかけセミナー」、本講座である「初級講座(全4回)」「中級講座(全4回)」の3つで構成されています。このほか「もや会」と称して参加者による勉強会も行いました。講座自体はオンラインで開催され、定員は25人、受講料は無料です。
参加者数は日によって少し違うのですが、2021年度は「きっかけセミナー」43人、「初級講座」21〜25人、「中級講座」19〜21人でした。2022年度は「きっかけセミナー」32人、「初級講座」17〜24人、「中級講座」18〜20人でした。
――講座の定員が25人なので、キャンセルもあったと考えると非常に好評だったのですね。
平井:そうですね。私たちもクラウドソーシングの取り組みは初めてでしたので、「ちゃんと応募はくるのだろうか」と不安でした。ですが蓋を開けてみると、本当にたくさんの応募がありホッとしましたし、それだけ需要があるのだと感じましたね。
――受講生のみなさんは、どういった心境で参加されたのでしょうか。
大川:2022年度の受講者アンケートでは、「新しい働き方にチャレンジするにあたり、次に何を進めたらいいか明確になっていますか」という質問に対し、初級講座の初日は58%が「いいえ」と回答。つまり参加者の6割が新しい働き方がどのようなものか、明確になっていない状態でした。
ですが初級講座最終日には「はい」が77%に達しました。自由記述欄には「進むべき道が見えてきた」「軽い気持ちで講座に申し込んだが、意識がバーンと変わった」といった感想がありましたね。
講座ではランサーズの登録の仕方から、タスクをやって実際にお金を稼いでみるというところまでやりました。単なる座学ではなく、小さな成功体験を組み込むなど実践的な内容だったため、クラウドソーシングを活用した働き方が具体的に理解できたのだと思います。
(「新しい働き方講座」の様子)
――講座の様子や講座外でのやりとりを見ていて、受講生の変化を感じた場面はありましたか。
大川:コミュニケーションツール「Chatwork」で受講生のグループをつくったのですが、講座が始まったころはみなさん受け身で、自ら発言することはほとんどありませんでした。ですがグループワークの機会が多かったことも影響してだんだん投稿が増え、コミュニケーションが活発化していきました。
当時はコロナ禍だったということもあり、みなさん友達にも気軽に会えない状況だったと思います。そんな中、オンラインで交流の場ができたこと、新たに人のつながりができたことがうれしかったのではないでしょうか。中には結婚をきっかけに市原市に移ってきて、近所にあまり友だちがいなかったけれど講座を通して知り合いが増えたという方もいましたね。「受講生はステキな人ばかりで、とにかく楽しい講座だった」と言う感想も聞きました。
――チャットでの話題は仕事の報告や相談が多かったのでしょうか。
大川:講座の開催中は講座に関する質問が多かったのですが、終了後は「クライアントからこう言われているのですが、どうしたらいいですか」といった質問やトラブル相談もありました。また講座以外の話もOKとしていることもあり、市民活動の参加者募集やプライベートの話もよくされていますね。
――受講後は、みなさんどういったお仕事をされているのですか。
大川:講座ではライティングのお話を中心にしたこともあって、ライターをされている方が多い印象です。アンケートのタスクをしている方もいます。クラウドソーシングからの収入は平均して月3〜5万円と聞いています。
――みなさんクラウドソーシングを本業にするというよりも、副業や、家事や育児のスキマ時間活用という位置づけなのですね。
平井:しっかり稼ぎたい人もいれば今は子育てを中心にしたいという人もいて、仕事への取り組み方に差があることがわかりました。
行政関連の仕事はどうしてもスケジュールが決まっているものが多く、受講生のペースとは合わないこともあります。ですので一方的に進めるのではなく、できるだけみなさんの意思を尊重し、持ち味を生かす新しい働き方を目指しています。
――講座を行ったことで、受講生の方々や市原市にはどういった変化が起きましたか?
大川:一番大きな変化は「ICHIHARAISE(イチハライズ)」というコミュニティが誕生したことです。1期生は講座終了後も定期的に集まって「moreもや会」という情報交換会を開いていました。最初はオンラインでしたが、コロナが落ち着いてきてからは、オフラインでも開催しています。その中で「コミュニティを作って気軽に話せる場を設けつつ、自分たちのスキルアップにつながる活動を始めたらどうか」という話になったと聞いています。
もともと情報交換会からスタートしていることもあり、仕事以外のやりとりも活発で、メンバーにとって“居場所”としての役割も大きいようです。メンバーは「居心地の良さがICHIHARAISEの一番の魅力」と言っていましたね。今は1期生のみが参加していますが、2期生の合流も検討しています。
――市が主導したのではなく、元受講生が自発的に立ち上げたというのは大きな意味がありますね。ICHIHARAISEに対して、市としてはどういった支援を行っているのですか。
大川:先日初めてWebサイトの記事制作や資料づくり、アンケートへの回答などをお願いしました。目指すのはコミュニティ、受講生の自立・自走ですので、今後はICHIHARAISEの活動状況などを市SNS等で発信できればと考えています。
――自走できるようにしていくために、今後どのような対策をするつもりですか。
平井:ランサーズさんとの事業は2023年度までです。これが終わった途端、活動が止まってしまったという形にはしたくありません。そこで2023年度は「新しい働き方講座」は開催せず、1期生、2期生と市内の企業・事業者とのマッチングに注力していくつもりです。
講座を始めたときから、講座が終わった後に受講生が自分たちで仕事を獲得して稼いでいける、自走できる体制をつくりたいと思っていました。市内には地域に詳しい人に仕事を頼みたいという企業・事業者が少なくないと考えています。そこでICHIHARAISEにはどんなメンバーが所属していて、どんなスキルや経験を持っているのか可視化していくことで、企業が仕事を頼みやすくしようと思いました。
そこで今、「note」というサービスを使って、ICHIHARAISEのページ作成を進めています。ちょうど先日、「市原市内のおすすめスポット」を紹介する記事をICHIHARAISEにお願いしました。今後そういった記事をnoteにアップしていき、ライターさんの実績としてもらうとともに、スキルなどの可視化を進めていくつもりです。
――自由な働き方ができる環境づくりが進むとともに、コミュニティが形成されたことで、当初目指していた転出者を減らすことにもつながりそうですね。企業とのマッチングが進めば市内で仕事が回るようになります。
平井:講座を開催したことで、働き方を知るだけでなく、地域に知り合いが増えたという話を聞いたときは、私たちもうれしかったですね。今後、企業とICHIHARAISEのマッチングが進めばWin-Winの関係ができ、市の活性化にもつながると考えています。
私たちも頑張りたい方々の背中を押すことで、いい意味で元受講生たちに新しい働き方講座を“卒業”し、自分たちで稼いでいけるようになってもらいたいと思っています。
▶︎文:ひろみね
報道記者、大学職員を経てフリーライターに。インタビューやコラムなどを多数執筆している。
https://www.lancers.jp/profile/Merry5
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